のっそり、フラっと工場に入って来たTさん。
「マサトぉー、お願いがあるんじゃけど」
(困るんだよナ。いきなりファーストネームで呼び捨て、オレにも立場ってモンがあるのに。 ま、この世代には逆らえないか)
「はい、なんでしょう」
「最高速をもう20キロ上げてよ。15キロでもえェわ」
(ろくに乗ってないのに、それに40を幾つも過ぎて最高速もなにもないだろうに)
Tさんは、XLR250Rを最近通勤に使っているらしい。通勤経路キングを勝手に名乗っているTさんは、同じXLRに「高速域」で抜かれたらしい。2度目らしい。ホント変なトコばかり拘るこのオジさんは、真面目に言っている。それにこのオジさん。90Kgはあろうかと思われる肥満巨漢。乗っている姿を見るとXLRがミニトレ(私が子供の頃に近所のオジさんが青春の思い出バイクだぁとか言いながら乗っていた)に見える。
車体に手を入れる前に他に打つ手があるだろうに。
30キロ痩せるとか。
「出来なか無いですけど・・・まぁ、普段の足として使われているバイクですし・・・常識的な水準以上の手は既に入れているわけですし・・・お金もかかりますよ」と私。
「おっ、ゼニなら有る。通勤キングの名誉にかけて使うぞぉ
15万くらいかなぁ。これくらいなら。うぅーんキロ当たり1万か、うんうんダ当だ。よし、それで行こッ」
(自分でコストを固定しておいて妥当?それにウチはスピードの量り売り屋でもないんだけど)
「コストもそうですけど、納期も随分とかかってしまいます。通勤車ですからお困りでしょう。やめといた方がイイですよ。ここはちょっと検討期間を設けるとか
(どうせまた乗らなくなるだろうし)」と逃げを打つ私。
「あれ、マサトぉー。えらい消極的じゃぁねーか。Tのおじちゃんがこれだけ頼んでいるのにそんなツレない事言っていいのかなぁ。
おまえが小学生の頃ゲームボーイの電池
買ってやったのはオレだぞ
モトクロスの練習のあと
回転寿司を食わしてやったのもオレだよ。
そうそう、あの時マサトは
23皿も食ったんだ。
憶えてる?」
(憶えてるわけネーだろ。子供の頃の話を何時までもされちゃかなわねー)
「それともアレか、おまえ工場長になったからって
XLRなんか触りたくないのか、アん。
何時からそんな偉くなったんだ?
Ducaのスペシャルバージョンしか触らないの、うん?」
(そんな事無いよ。車体と人体ともにベストの状態でいてもらいたいだけ。さっきまでプレスカブを整備してたのも知ってるくせに。何で歳とるとひがみっぽくなるのかなぁ。それにしてもまずい、Tさんの舌鋒が全開なったら、対応出来るのはウチでいうとCEOだけ。どうにかしなきゃ)
「あれっ?Tさん少し痩せましたか。横顔の頬のラインがなんかシャープになってますよ。若い時の顔に戻ってますよ。どうしたんですか」と路線変更に必死な私。
「わっ、分るか。実はなぁ今ジム行ってんだ。ジム。もう結構な回数行ってて、
なんか効果が出てんのよ。もうあれだネ、二十歳の頃の体重に戻すんだ」
「っつうと何キロが目標です?」
「70キロよ。70。あの頃はカッコ良かったんだよ。憶えてねーかなぁー、マサトは」
(おなかどころかまだオヤジの中に居たよ。そうかそうかココで勝負だ!)
「スゴイ!20キロ近い減量じゃないですか。頑張って下さい。
パワーウエイトレシオの大改善ですよ。
そうなりゃもう誰にも負けませんよ。
抜いていった人はきっと蚊トンボみたいな華奢な人ですよ。
大丈夫、もう負けません。身体にも良いし。
ルックスもグーンと良くなって、
『県道・浦安線のアゴスチーニ』って
言われてたTさんの復活ですよ。
頑張って下さい」
(うーん。我ながら良く言った。もう2度と言えない。自己嫌悪に陥るくらい頑張った。エライ、エライ)
「えっ、そうかぁ。マサトもそう思うか?いや、実はなぁオレもなんか頑張る気になってるんだわ。おぉ、邪魔したな。あっちでタバコ吸ってるから、じゃな」
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やれやれです。
「トラブルは技術、腕で解決するんだ。間違っても口で直すメカになるんじゃねーぞ」
とかオヤジにいわれたコトあるけど、
直るんなら、口も悪くない。
相手にもよるか。
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