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第一部 バイク屋前夜 1952-1986
8.不連続爆発音

  1981年春。例の廃車証紛失事件にかこつけて、カァーちゃんに118回おねだりして買ってもらったスズキGS650G。慣らし運転中、凄い音のするバイクに抜かれた。

 風の中に、今まで嗅いだ事の無い匂いがあった。慣らし中という事をも忘れ、必死で追いかけて斜め後ろに付ける。銀色の丸い小さなお尻のバイクだった。カッコえーんじゃねーん。ええ音じゃが。こりゃー初めての匂いじゃ。初めてマ近で見た、動いているドゥカティ900SSです。初めて聞いた排気音。なにより匂いが違った。この出来事が無かったら、今の私は無かったに違いない。強烈な一発、強烈な出会いだった。

  ずっとずぅーと、ドゥカティ900SSが頭の中にあった。あの姿を思い浮かべる度に、「あれはお金持ち専用バイク」「あれはお金持ち専用バイク」「あれはお金持ち専用バイク」と3回唱えて、頭の中から無理やり追い出して、新車のGSを心の真中に置いた。

  半年後、耕運機ハンドルの付いた刀750が発売になる。「1100用のハンドルを付けるから替えらレぇー。純正セパハンよぉ。輸出用の」と、アキヤマ君(友達のスズキ営業マン)が極めて魅力的な提案をしてきた。迷わずGS650を下取に出した。初めてのセパハンはキマっていた。カッコ良かった。信号待ちでガラスに映った自分とバイクの姿を見て、「カッコエーッ」とつぶやいた。今思えばGS650と刀750の2台分の代金に少し足し算すれば、あの900SSが買えたのに。でも一度で払える金額じゃ無かったなぁ。3.9%ドゥカティローンも無かったし。残念無念。

  アサレン(いつもの金甲山)の仲間達とバトルを繰り返す毎日曜日早朝。ライテクなんて言葉を知らない僕はがむしゃら突っ込んで、がむしゃらスロットルを開け続けた。ガマンして突っ込めば速い。誰よりも速く全開にすればこれも速い。と思って、相反するテーマに日々取り組んでいた2人の子持ちライダーです。なんでか不思議なことにコケなかった。勘違いしてる期間のなんと長かった事か。

  83年秋、裏で愛車の掃除中のこと。突然あの音(ちょっと違ったケド)が遠くから聞こえた。アっという間に近づいて来て、あろうことか目の前に止まった。ヘルメットを脱いで満面の笑顔を見せたのは、ついこの前までCB750に乗っていたエイパン(パン屋の息子のエイイチ)だった。「エカローがぁ、ドカじゃ」パンタ600だった。銀色でコンチのマフラーが付いていた。テトッ・テトット・テト・テトッっとアイドリングしている。

  「調子の悪りぃエンジンじゃのう」と、初めて身近で聞く不等間隔爆発音を評した私。

(悔しいので顔に出すまいと意識していたが、相当悔しい顔して言ったに違いない)エイパンは持てる者の余裕でにこやかに聞き流し、しばらく自慢話をしてあの音と匂いを残して帰って行った。彼は悪い奴では決してない。でもでも、パンタの上に収まる奴の背中は極悪人にも見えた。とても悪い奴に見えた。「カッコ悪ぅー。音もちょっと違うよな。ケっ」と悔し紛れにつぶやいた。心のド真中に禁断の種火を埋め込まれた31歳の私。

  街には、♪3年めーの浮気くらい大目に見ろヨッ♪とか歌った曲がよく流れていた。セカンド・ラブとかいった歌も流行っていた。「いやいや。そんなこたぁーせんからねー」「出来んか…出来んよなー…うーん…出来んじゃろか…やっぱり」とかボソボソ呟きながら、刀の巨大なクランクケースを磨く私。

  その後どう言う訳か、そのパンタは僕のところに廻り回ってやって来た。あちこち直してあげた後、現在は工場の入り口にて休息中。

一生そこに居なさい。パンタ君。

 

 

 


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